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早稲田文学 [本]

坂道を上がりきる手前にある、その建物。
明かりがついているとぽっかりと宙に浮いているように見える。
記憶の中にあるそこは、くすんだ緑の蔦が壁一面ぎっしりと埋めつくしていて
柔らかなオレンジ色の光だけが蔦の間から漏れていた。
そこは、「早稲田文学」の編集室がある建物。

本当か嘘か分からないけど、昔、バレリーナと建築家が暮らすために建てられたという、
地下に鏡張りのスタジオまである、吹き抜けだらけの不思議な建物。
私が、学生の時に過ごした、劇場以外のもう一つの学び場です。

その頃いたのは、編集主幹と会計の女の子と、学生編集員が5~6人。
私は編集員の一員として、隔月で刊行される文芸雑誌の編集に夢中になっていました。
原稿用紙でさえない紙に書きなぐられた文字、赤ペンと鉛筆。印刷所。
校正作業がとにかく好きで、文字の手触りを愛してた。
そこにいけばいつも誰かが作業の途中で、
誰もいなくても、やりかけの原稿が机に広げられていて。
それぞれ異なったフィールドを抱えた編集員たちが寄り集まって
時間と戦いながら真剣に作業し、話し込んだりお茶を飲んだりしてた。
編集員の皆が話す作家のことはもとより、
文芸評論のフィールドでは、出てくる単語が人名なのか別の名詞なのかさえも分からなくて。
自分の無知さ加減にほとほと嫌気が差したり
今から知ればいいんだと開き直ったり。
いつも淹れたての珈琲の香りがしていた編集室。
脚本とバイトと早稲田文学、そうやって過ぎていった毎日。
今からならもっと勉強すればよかったって素直に思うけれど、とてもそんな暇なんてなかった。
代わりに、得がたいものをたくさん学べた日々。

今日、先輩のところで「韓国的な料理を作ろう!鍋大会」を開催するので
久しぶりに高田馬場に行って、時間が空いたので、去って以来はじめてその建物に行きました。
最初はなんとなく建物をみるだけって思ったけれど、
かつてのように明かりがついているのを見て
こんな暮れの夜にもかかわらず作業中なんだって思ったら
どうしても素通りできなくて扉を押してみました。

かつて働いていた自分と、同い年の編集員たち。相変わらず、紙と珈琲の匂いがする編集室。
そして、私が学生の時に池田雄一氏に代わって編集主幹に就かれ、
一緒に本を創り上げていた市川真人氏との再会。
まさか会えるなんて思わなくて、本当に嬉しかった。
淹れてくれた珈琲を飲みながら、最近の話を。
今だから感じていること、話せること。そしてちっとも変わっていない根本。
今日、こうしてもう一度ここに来ることができたのには、きっと意味があったんだろうな、と
グラウンドへ通じる坂を降りながら、少し涙ぐんだりした夜。
ひたむきにがんばりたい今、向かう方向は分からないけれど、背中を押してもらった。

雑誌は様変わりしたけれど、流れている時間は、ちっとも変わってなかった。
またこうして、行くべき時に行けたらいいな。
いい学び場を与えてもらっていたんだと、改めて。

「早稲田文学」http://www.bungaku.net/wasebun/


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